外国人市民への日本語教育ボランティア

 外国人市民のために、初級から中級のいろいろなクラスを設け、楽しく日本語の勉強が続けられるよう、活動しています。
   ジャボラ歴史 始まりはじまり⇩(´∀`) スタート

(1996年)平成8年:ボランティアのはじまり

‣静岡県女性国際研修団に代表河合が参加、触発を受け地域のPTA仲間、女性団体より助成を得てHICE夏季セミナーで出会った4人でボランティアグループを結成。週に1回の日本語ボランティアを始める。

(1998年)平成10年:NPO前進時代

‣浜松日本語ボランティアの会結成。手さぐり状態ながらボランティアを組織化。専門知識の必要性に目覚める。

(1999年)平成11年:手弁当時代

‣教える場所に悩んだ頃。流浪の民さながら教える場所を求めて彷徨う。場所代が活動をひっ迫、市民の活動場所を考え、行政に働きかけはじめた時代。 日本語の授業は無料。場所代、資料代等全て自腹が5年続く手弁当時代

(2000年)平成12年:熱かった時代

‣浜松国際交流協会(HICEハイス)にて日本語教室開催決定。行政が市民に活動場所を提供。画期的な出来事に皆で喜んだ本格的に日本語教室がスタート。この時より年40回~50回の土曜夜教室がオープン。月曜朝も開催。

(2001年)平成13年:広報時代

‣浜松広報、新聞、生涯教育雑誌等に次々と紹介され学習者が急増、支援者不足で 「ボランティア教え方教室」スタート。希望者多数参加に驚く。助成金などない時代、無国籍弁当を売ってコピー代等を稼いだ。

(2002年)平成14年:2月特定非営利活動法人日本語教育ボランティア協会(通称ジャボラNPO)認可される

目標目指せボランティアのプロフェッショナル 奇しくも国際課より外国人子ども日本語支援を委託される。

(2003年)平成15年:資格習得の時代

‣中心メンバーはボランティアの枠を卒業するべく「日本語教師資格習得」を習得。自分の居場所探しの簡単なボランティア活動ではなくなった時代、しかし支援するつもりが自己学習、生涯学習にしっかり繋がっていった。

(2004年)平成16年:学習者が増加した時代 大人学習者延べ1623名

‣日本語が学べると噂を聞きつけた日系人が学習を求めて一挙に増加。社会的背景、外国人研修生の受け入先企業が増大。事業の海外展開を視野に入れ、自前で日本語学習を希望する企業が増え、企業先の日本語 支援も増える。

(2005年)平成17年:寄り添いの時代 大人学習者延べ1775名

‣日本は人口減少時代へ突入。晩婚、少子化の言葉が社会を脅かし、労働力不足を補うため研修生や外国人ので稼ぎが重宝される。しかし、その子ども達の教育に関しては、おざなり状態。放課後支援がやっと出来た時代。

(2006年)平成18年:ボランティア先行時代 大人学習者1259名

‣日本の65歳以上の人口率が世界最高になり、15歳以下の人口率が世界最低になった年。日系人による、家族の呼び寄せが急増。それに伴い来日した子ども達の問題が顕著になる。教育委員会も国際課も国に指針がない以上、とりあえずの手探り状態が続いた。日本語支援はボランティアが先行していた時代であった(この地域においては )

(2007年)平成19年:日本語教師拡大の時代 大人学習学習者延べ1723名

‣浜松学院大学文部科学省GP事業。日本語教師養成講座研修生受入れ。夏休み等、小学校を借りて実習。若手の研修生による容赦ない意見で?子ども版日本語カリキュラムを構築するべく試行が始まる。テキストの作成開始。

(2008年)平成20年:気づきの時代(威張る日本人経営者)大人学習者延べ1822名

‣研修生問題を知る日本語教室に外国人研修生が増加。真夏のインドネシアから真冬の日本へ来日させた若者に暖房一つない部屋を平気であてがう経営者。セーター、湯たんぽ等を配る。研修生問題の深い闇を初めて知リ学ぶ

あなたの得意な物は何ですか? フラダンスです。

(2009年)平成21年:中3支援時代 (リーマンショック)大人学習者延べ2022名

‣文部科学省拠出事業「就学支援事業、虹教室」が与党交替のため、凍結。高校進学の夢を叶えさせる為受験に特化した支援スタート。リーマンショックは、親が解雇され学費が払えず、高校中退を余儀なくされた子が続出した

(2010年)平成22年:受託と助成金事業時代開始 

‣文部科学省拠出事業「外国人の子供の就学支援事業、虹教室」を正式にジャボラが受託。
岩永、藤田、内山ワリソン、若手スタッフの熱意と体力と子供達を思う優しさが強じんな武器。
‣浜松市教育委員会事業、公立小中学校に在籍する外国人児童生徒支援事業「まなぶん」受託。

(2011年)平成23年:防災教育推進時代:(未曽有の天災 東北大震災)

‣文化庁拠出事業受託「生活者としての外国人」NPOは現場で格闘する歩兵部隊さながら、、。
初めて防災教育を地域がらみで行った。いざという時に外国人をただの「厄介者」にはさせないために。

(2012年)平成24年:地域プロジェクト時代

‣文科省「虹教室」突如12月打ち切り、なぜ?(不登校児、不就学児100名在籍)近隣の学校とも連携して行ってきた事業、「金」の切れ目が縁の切れ目とは、とてもそんな責任のない事はたかがNPOごときでもできない。

  

(2013年)平成25年:教える、から教わる時代

 ‣文化庁拠出事業3年目 日本語のできない子ども達は、本人が勉強したくて取り出し教室に来ているわけではない子が大半、そもそもやる気のない子も多い。モチベーションをあげる一つの手段として、彼らの母語を少しでも話すべく支援者はバイリンガルスタッフによる「ポルトガル語研修」実践。3年目は地域の方も参加されている。

(2014年)平成26年:本物の日本文化学習時代 (富士山が世界遺産になる )

 ‣文化庁拠出事業4年目 世界遺産登録をお祝いするべく初の遠足。行先はもちろん富士山。わかってはいたが本当に時間を守らない。怒 文化庁事業の本年企業委員呉竹荘常務取締役「山下純乃氏」には大変お世話になった

(2015年)平成27年:ずれ

‣文化庁拠出事業5年目 本年テーマ「ずれ」日本人と外国人の諸々のずれの一つは「共生」に対する思いもある。同じ団地内に住む日本人と外国人の意識の違いがわかる研究が磐田市で行われた。静岡文化芸術大学教授の池上重弘氏主導の報告を学ぶ。

(2016年)平成28年:繋がる:つなぐ。(7月基礎教育学会設立)

‣文化庁助成金事業6年目【共生に必要な事、物、人】をサブテーマに、いかに日本人とふれあえるかを重視
 1、音楽の街浜松だからできる事、「歌から繋がる日本語」合唱団とコラボ。
 2、学ぶ事がずっと繋がっていくように「読む」に特化、特におすすめ「多読」に挑戦。 
 3、仲間もずっと繋がっていくように恒例の遠足は忍者と出会う「お城探索」今年も色々やりました。

(2017年)平成29年:自立

‣基礎教育保障学会との出会い【学べる381漢字テキスト作成】外国人が覚えられる漢字について取り組む
1、日本で暮らすにあたって必要な漢字。
2、外国人児童・生徒に必要な漢字。 
3、誰に(その人に必要な漢字とは)、いつ(どのタイミング)、何を(どれくらい)が適当なのか。

(2018年)平成30年:平成最後

1、381漢字子ども版テキストを仕上げる
2、子ども日本語支援の項目決定に伴うテキストの編集。 
3、大人日本語支援の赤字からの脱却

(2019年)令和1年:天皇陛下が代替わり。

 トピックス 社会:5月をもって平成が終わり令和元年となる。「令和」(Reiwa)ははじめて漢籍ではなく国書(今回は万葉集)から選ばれたということで,新聞等では「元号1300年の転換」などと話題になった。

(2020年)令和2年:コロナで世界中が苦しめられた(コロナによって学校も社会も混迷を極める)

1大人日本語支援:時代の要請でオンライン、オンデマンドに挑戦。
2子ども基礎日本語:コロナの影響によるIT化、促進時代に遅れないようデジタル化に挑戦。コロナによる休校が6月まで続き、特に新一年生の学習の遅れが目立た。